こんにちは!          今日もいい塩梅ですか?


by minmei

カテゴリ:実家(宮古)( 37 )

本年もつたないブログですがどうぞよろしくお願いします。


さてさて
今年の正月は16年ぶりに実家で過ごして参りました。


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大晦日のご馳走です。
普段は一人の弟もこの日ははりきって刺身をさばいてくれました。
この豪快な盛りつけを見る限り弟の喜びの表れなんだろうなぁと
ちょっと思いました。
牡蠣は隣町の友人からおすそ分け
鮪は地元の友人からのおすそ分け
メバルは自分で釣って
アワビは口開けで獲り正月用に残しておいて
蛸漁で蛸を獲って
ホタテは・・・買ったのかな?
でもこれらの殆どが地物、獲れたて。
まずいわけがない。
次の日はこれらの残りで鍋をして
その次の日は鍋の残りでシーフードカレー
旨いもの続きだ。


この大晦日の食材の数々を眺めながら
あぁ、弟は友人や沢山の周りの人に支えられてるなと
ちょっと安心して飲んだくれた
好い大晦日の夜だった。
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by minmei316 | 2015-01-07 19:37 | 実家(宮古) | Comments(14)

1月も下旬に入り

今年の北陸地方、平野部に限っては
今のところまだ雪らしい雪が積もっていない。
珍しいことだ。
しかしその代わり、例年になく寒い。
冷え冷えだ。
それで最近気になることは娘の弁当。
こんなに寒けりゃ弁当も冷え冷えではないか?
まだ試してはいないが弁当を入れる手提げ袋の中に
ホッカイロを忍ばせておいたらどうか?
今日ホッカイロを買った。
明日早速試してみましょう。

じつはもうじきわたしの誕生日。
この時期いつも思うのだが
一年で一番寒い時期にわたしは生まれたんだなぁ。
当時はエアコンもファンヒーターもない
隙間風の入る寒い部屋で
きっと母は風邪をひかせまいと
何枚も何枚も服を重ねて着させ
わたしはこんころこんにされていたのだろ。
これはわたしだけに限らず、昔の写真の子供たちは
みんな冬の格好はこんころこんのダルマのようだった。

山の土も川も凍って
心まで凍ってしまいそうな、そんな寂しい冬の
とある一軒家に、わたしが生まれた。
そこの家の者は、それはそれは喜んだであろう。
寒さも吹き飛ぶほど皆笑顔だっただろうか。
ほんの一時でも、温かくなっただろうか。

見てもいないし記憶にもないが
父が首のまだ座らないわたしをおっかなびっくり抱く姿が目に浮かぶ。





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(父 28歳 わたし9・10ヶ月)
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by minmei316 | 2014-01-21 17:06 | 実家(宮古) | Comments(12)

12月5日

八つ離れている弟が37年前の今日の日に生まれた。
あの日のことはよく覚えている。
チリリリーンと家の黒電話が鳴った。
キクノばあちゃんが電話の向こうの人と興奮気味に話をしていた。
そして電話を切るタイミングと同時に
父が浜から軽トラであがって来た。
ばあちゃんは慌てて玄関のドアを開け、そこから父に叫んだ。
「おーい、生まれだぁずぅ。男だぁど!」
それを聞いた父は、軽トラから降りがてら
「ほぅ。」と、お得意のニヤッとした表情で小さく言った。
37年前のあの日、あの時、
日中のやわらかい陽が縁側に差し込み
わりかしぽかぽかと暖かい冬の日だった。

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あの日までは
先祖代々続いてきた実家は
この先もずっと永遠だと
誰もが信じて疑わなかっただろう。




弟よ、とにかく、誕生日おめでとう。
何か好いことがありますように。
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by minmei316 | 2013-12-05 17:19 | 実家(宮古) | Comments(14)

アワビ漁

冷たい風の吹きすさぶ海の上。
不規則にあっちにグラリこっちにグラリと
サッパの予想もつかぬ小刻みな揺れに絶えられず
とうとう酔っ払ってしまった青白い私の顔を見て母が
「いいが、そごさ寝でろ。」と言ってくれた。
酔いで力尽きた体を横たえて目をつむると
いくつもの小さな波がサッパにぶつかり
ペコンペコンと心地のよい音が永遠と続く。
そのうち眠気がきて、うつらうつらとしていたら
なにやら顔に違和感を感じて目を覚ますとタコの吸盤が肌に吸い付いてしぶとく取れない。
先に父がアワビ漁の最中タコを見つけ鉤で引っ掛けて上げたやつ。
そうだ。船にそのまま放置していたことを思い出す。
水ダコの大きな吸盤は顔どころか全身に吸い付いていて
こっちが取れたと思ったら今度はこっちに吸い付いてと
一度纏わりついたら逃れられないのだ。
そのうちまた視界がふわふわして気持ち悪くなり、もうお手上げ。
「おかぁさ~ん・・・」とひよわな声で助けを呼ぶと
仕事の手を止めてニヤッと笑った父が取り除いてくれた。

三陸はこれからアワビが旬。
子供のころはアワビ漁の度に毎回朝4時に起こされ連れて行かれたものだ。
最初は酔って酔ってしょうがなかった。
当然仕事は全く役にたたなかったが、それでも連れて行かれるのだ。
そのうちそんな私もあの恐怖だった揺れに慣れてしまい
仕舞にはケイオス(舟漕ぎ)も母に勝るとも劣らないほどの腕を上げた。
「母さんよりも上手だぁなぁ。」
母はわたしを褒めて育てたのだなと今になってそう思う。
サッパの上に滞在4時間。
真っ暗な闇が水平線からだんだん明けてくる様は
なんとも幻想的で神秘的で小学生の子供(自分)がそれを見て感動していた。
自然あふれる場所というのは時にそういった奇跡的な美しい景色が多く見れる場所。
素晴らしいところだ。

三陸はこれからアワビが旬。
今年もまたこの季節がやってくると
必ず思い出す懐かしい思い出。

厳しさと、
美しさと、
父、母の温かさと。
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by minmei316 | 2013-11-05 15:58 | 実家(宮古) | Comments(10)
母が施設で生活するようになって変わったことがある。
それは誰とでも挨拶代わりにハグをするようになったことだ。
これはたぶん施設の中のスタッフさんが日常茶飯事
母たちとのスキンシップで行っているからなのだろう。

ヒロさんが言った。

夏、お盆で実家に帰った母にヒロさんが声をかけたら
「あら、ヒロさぁん、おすぱらぐぅ(しばらく)」と言って
母は突然ヒロさんにハグをしたそうだ。

「〇〇ちゃん(わたし)、おれは涙が出だったぁ。」と
また少し涙ぐみながらヒロさんはわたしに話してくれた。


震災が起きてからというもの
弟が一人で住んでいる実家のいろいろな世話を
ヒロさんがやってくれている。
本当にありがたいことで頭の下がる思いだ。
だから顔を合わせる際は必ずお礼を言っているのだが
ヒロさんはいつもそっけなくこう言う。

「なぁに困ったぁどぎは、おだげーさま(お互い様)だが。」

恩着せがましいそぶりなどまったく無く
ただ「あだりめー」(あたりまえ)の事をしただけという感じで
全く持ってそっけないもんだ。

それで改めてこのヒロさんの言う「おだげーさま」という言葉を
ちょっと考えてみたんだ。
何でこうもヒロさんはうちの実家を気にかけてくれるのか。
考えてるうちに、ハッと昔の記憶がよみがえった。
ヒロさんは30代の若さにして未亡人になったのだ。
ご主人を海で亡くした。
そしてそのご主人を探して海から引き上げたのが父だった。
更に亡くなった時期が運悪く若布の養殖を取る時期をひかえていた最中
当然一家の大黒柱を失ったヒロさんの家ではどうすることもできず
村の者たちが総出で自分の家の養殖仕事をする前に
ヒロさんの家の若布仕事を全て終わらせてから始めたのだった。
当然小学生のわたしらも借り出されて手伝ったんだ。
わたしよりひとつ下のヒロさんの娘Mちゃんに
お父さんを亡くしたばかりで、どう、何を話しかければよいのかもわからず
背中を丸っこくして若布の茎切りをしているMちゃんの背中を
ただただ後ろから見ていたのを思い出した。
30代の若さで伴侶を亡くし幼い3人の子供を育て姑の世話もしながら
大変苦労されただろう。
そしてそんなヒロさんを隣に住んでいた母が放っておくはずがない。
多分子供のわたしらが気づかないところで
一生懸命ヒロさんをたすけていたのだろう。
あの母ならきっとそうするはずだ。
自分は二の次でまず他人を気遣う人だったから。
子供のわたしでもわかるほど、バカにお人好しな人だったから。
だから
悔しいのはなんでそんな善人がこんな病気になってしまったのか・・・だけど。

でもお母さん
お母さんがやってきたことは決して無駄ではなかったね。
「困ったどぎは、おだげーさま。」がちゃんと返ってきてるよ。
お母さんのいないところで
ちゃんと。


ヒロさん、いつもいつもありがとうございます。
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by minmei316 | 2013-10-17 14:50 | 実家(宮古) | Comments(4)

オニヤンマ

夕方銀次郎君の散歩をしていたら
雲と雲の隙間からほんのちょっと夕日が差して
そして空にトンボが飛んでいた。
秋やね。
トンボといえば、お盆に実家へ帰ったときオニヤンマを見た。
て、今更お盆の話になるけれど
カゼ焼き小屋(母屋の傍の作業場)で
カゼ(ウニ)を剥きながらそこで皆でお昼を食べて
そして残り半分で塩ウニを作った。
カゼは殻から剥くとすぐに汁が出てダラーっと溶けてしまうので
溶けてしまわないうちにすばやく作らなければいけないので
皆総出で取り掛かっていたら
そのカゼ焼き小屋にオニヤンマが入ってきて
皆の頭の上をぐるぐると飛んでいた。

今は亡きキクノばぁちゃんが昔こう言ってた。
やはりあれはお盆の時だった。家にオニヤンマが入ってきた。
子供だったわたしらは興奮してそれを捕まえようとしたら
「オニヤンマは仏様なんだぁ。お盆で家さ帰って来ったんだぁがら
 そぉっとしとげー。」

あの時のオニヤンマをきっとばぁちゃんは
戦争で死んだじいちゃんだと思ったに違いない。

今年のオニヤンマは
カイトかカッチかアオちゃんか、それともミホコさん?
いや多分
初盆やし、きっと父。
だったんじゃないかなぁ~・・・。

開けっ放しの入り口。
外からスーッと入ってきたオニヤンマの姿。
多分おちゃらけて入ってきたに違いない。
それが父なら、きっとそうだ。

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巻き簾に並べたウニに
弟と妹が上から塩を振る。
多いだの少ねーだのと言い合いながら。
考えてみれば今まではずっと
塩を振る役目は父だったのだろう。

それを監視しに来たのかもしんないね。
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by minmei316 | 2013-09-08 18:38 | 実家(宮古) | Comments(10)

2013 お盆里帰り

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今年も楽しく過ごして参りました。
誰もかれもが皆笑顔で
あれやったり、これやったりとまぁ、
楽しむということは忙しくてしょうがない。

盆中帰ってきていた母を
16日に兄弟4人で施設に送り届けた。
片道2時間往復4時間。
車中では兄弟水入らずでいろんな話に盛り上がった。
夜はわたしのダンナと妹の旦那さんも加わり
OCCOさんが7月にオープンした「酒場 宮古のごっつぉ」に繰り出した。
最近めっぽう涙もろくなった妹の旦那さんが
酔っ払った挙句にしみじみと
「兄弟が皆でこうやってあづまってけでさ、
 おれぁ、すごぐ、嬉しいでば。」と、目をこすりながら言った。
今までちょっといろいろありすぎたからね。
テーブルを挟んだ向かいの席に座っている弟の顔をチラッとだけ見たら
彼は聞こえたのか、聞こえてないのか、また聞こえない振りをしているのか
ただただ機嫌よさそうに酒を飲んでいた。
ようやく少し、少しだけ何かを取り戻すことはできているのだろうか。

震災のとき大変お世話になったヒロさんが
去年の暮れに生まれた孫を抱いてわざわざ見せに来てくれた。
まだ9ヶ月のそのお孫ちゃんは男の子だった。
名前を聞いたら名前に「海」という字が入っていた。
カイトやカツミと同じ、海という字が入っていた。
なんだか少しウルっときた。



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地元に帰るとまだまだ震災の置いていった悲しみは多く残っているが
その中で地元の人々はとにかく前を向いて地道に歩いている事だけは
肌で感じる。



最後の夜にカレーを沢山作って
ストック用に残りをジップロックに小分けして置いたから
「あとで冷凍庫さ入れで、食べってー時に出して食べどがん!」
といってバイバイと車の窓から手を振って実家を出た。




そして高速道路の流れ行く景色をぼんやり見ながら
まるでドラえもんのタイムマシーンで四次元の世界を走り抜けているような
また現実へと引き戻されるような錯覚に陥る。
実家は遠い。


あの楽しかった日々。

あれは夢か幻か・・・・。
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by minmei316 | 2013-08-20 19:36 | 実家(宮古) | Comments(10)

八月一日

自分の誕生日の日に父は
町へ行く若い衆に「ケーキは買ってくんだぁべ?」なんて
わざと自分の誕生日を自らアピールしておどけて見せた。
いくら甘いものが好きな父だからといって
本当にケーキが食べたいというわけではなく
ただ孫達と一緒に楽しく食べたかっただけなのだろう。

わたしが送ったバレンタインチョコは
「孫さ見っかんねぇように隠しておがねぇば」と言って
茶箪笥の引き出しの奥に隠した。
時々はそれをひとつふたつ出しては食べていたようだが
本当の目的は、なんかの折に
孫達のご褒美にと、とって置いてあったのだろう。

父はそんな人だった。

だって、わたしらもそんな感じで育てられた気がするから。


八月一日 父の誕生日
去年父は誕生日の二十日後に亡くなった。

宮古も暑い暑い夏の日に・・・

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お父さん

震災のとき
そこにいた人の話によると
ずっとずっとずっと、孫達を探していたそうですね。
お父さん
そちらに行って
孫達は見つかりましたか?
ようやく見つけることができて
安心してますか?
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by minmei316 | 2013-08-01 11:24 | 実家(宮古) | Comments(8)

きざみ昆布

弟のニョロニョロなミミズのような字で
きざみ昆布が送られてきた。
またご近所の養殖仕事を手伝って
それで頂いたのだろう。
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昨夜、晩御飯を食べ終えてから
食器を洗いながら作っていたら
長女がやってきて、グツグツと煮えてる鍋のそれを見て
あ、これ、明日の弁当のおかず?と聞いてきたので
うん。と答えたら

「やったー!!」


実家から送られてきたものを喜んでもらえるのは
特に嬉しい。


そして三陸宮古産の昆布は格別に旨い。
泣けるほど旨い。
悲しくなるほど旨い。
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by minmei316 | 2013-06-26 13:41 | 実家(宮古) | Comments(6)

あれから2年

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あの子達の物を全部処分したのだそうだ。
きれいさっぱり無くなっていた。
玩具も自転車も壁に貼ってあった習字も。


そして弟は今日もストーブに火を熾す。
明日も明後日もずっとずっと。



一歩前進。




何気にアフロの髪をピンクの髪留めにまとめて
弟は笑っていた。









ただただ美しい海が永遠でありますように・・・。
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by minmei316 | 2013-03-13 12:11 | 実家(宮古) | Comments(9)